年報17号できました!

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今年の藤田歯科医院年報、第17号が完成しました。待合室に置いていますのでご自由にお持ちください

2016年6月20日(月)14:11コメント (0) |

顎咬合学会で発表しました

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6月11日12日に行われた顎咬合学会の第34回学術大会で「パーシャルデンチャーにおける把持効果のコンセプト」というタイトルで発表しました。拙い発表ではありましたがご指導いただいた先生方ありがとうございました。

2016年6月13日(月) 9:04コメント (0) |

ワックスかけました

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ゴールデンウィーク中に飯塚市の三信ビルメンテナンスさんに院内院外の清掃、ワックスがけをお願いしました。

短時間でピカピカになりました!

2016年5月 9日(月)15:44コメント (0) |

米澤穂信「王とサーカス」

米澤穂信氏の「王とサーカス」というミステリーを読みました。2001年に起こったネパール王族殺人事件の際にカトマンズに在中していた雑誌記者が、事件を取材しているうちに別の殺人事件に居合わせることになります。実際の事件は今でも謎が多いままであり、本の中でも王宮事件の真相とかには触れられませんが、記者が関わることになるもう一つの事件は、国内で起きた些細な事件として片づけられますが、実は重要な問題を含んでおります。そこら辺にいる外国人観光客(とくに日本人)相手の客引きの青年が、外国の記者たちが書きたてた記事により、回り回って窮地に追い込まれていく様子、そして逆にそれを利用しようとする様子、普通の一国民が先進国に翻弄される姿がネパールが置かれている国際的な問題を浮き出させます。

雨期のネパールの観光名所やタメルの町並みの描写など、懐かしいネパールの風景が頭に浮かびながら読みました。

ここから先、ネタバレです・・。

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2016年5月 6日(金) 9:36コメント (0) |

18年めのご挨拶

4月1日で新築移転後17周年、18年目を迎えることになりました。今年の年初のご挨拶です。長文ですがよろしくお願いします。

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過去との邂逅

 2015年はラグビーワールドカップで日本が大躍進し、話題となりました。個人的にはラグビーには全く縁がなく、歴史的勝利の意味すら理解できていないのですが、昨年出会った人の中になぜかラグビー部出身の人が多くいました。そのうち2人の先生は、九州歯科大学を経て、一度歯科医院を開業し、閉院してからアメリカに留学したそうです。偶然と最初思いましたが、おそらく大学のクラブの先輩にそういう開拓者がいると、刺激を受けて同じ道を目指そうと思うのでしょう。11月に九州歯科大学の卒後20周年同窓会を開催したのですが、その際私の同期生の先生には、当時のことを講演してもらい、とても貴重な体験だったように感じました。
 同窓会と言えば、卒後はなかなか集まらなかったのですが、大学を卒業して20年も経つと、ポツポツ人が集まるようになりました。2015年は大学の他、直方南小の同窓会、鞍手高校の2017年の鞍陵祭幹事学年に向けた準備など、かつての仲間たちとたくさん集う機会に恵まれた一年でした。
 そこで再会した高校時代のある友達もまたラグビー部で、現在CMクリエーターとして日本のトップクラスで頑張っています。彼からは高校時代、全国大会(花園)を真剣に目指して頑張っていた、ということを初めて聞きました。私はと言えば、同級生にそこまで真剣に取り組んでいる人がいるということすら知らずに過ごしておりました。そう思うと、高校生の貴重な時代を無為に過ごしてしまったのではないかと今さらながら後悔しました。
 昔の話をするたびに思うのは、同じ物事を見ていても、人によって解釈が違うという驚きです。てっきり自分はこう思っていた、ということが別の人のフィルターを通して見ると、また別の出来事のように反映されているのです。九州歯科大学のセミナーを受けた際、ある教授が修行時代の話しをしておられたのですが、当時私は学生で、厳しい指導教官にレポートを提出するのに四苦八苦しておりました。学生は辛いよ、歯医者になってしまえばいいよなーなんて思っていました。その教授は当時大学院生で、歯科医師免許取得後に、卒後研修まっただ中だったと記憶しています。私にはとても輝いて見えた姿でしたが、実際は学生よりも厳しく辛いことも多々あったそうです。学生は期間限定ですが歯科医師になれば一日中、一年中ずっと研修が続くわけですから、そりゃ当たり前なんですが、当時の私はそれすら気づきませんでした。私の何倍も苦しんで努力して今の地位があるのだろうなあと思います。
 今までそれなりに一生懸命生きてきたと思っていた自分の人生、それはただ単に一生懸命のレベルが低かっただけだったから、そう思えていただけなのかもしれません。もっと違う生き方をすべきではなかったかという後悔の念もまた同居しています。しかし、もし海外留学した先達のことを知っていれば、また当時出会っていれば、自分もそういう道を選んだかといえば、おそらくそうではないでしょう。自分は行かなくても大丈夫だとか、屁理屈をこねて、楽な道を選んだに違いありません。私はずっと、自分だけの勝手な解釈で、物事を正しく見ることなく、自分の先入観や変なプライド、歪曲した自分だけのレンズで生きてきたようにも感じます。なぜ物事をあるがままに見ることができないのだろうか?それは自分が素直じゃないから?今頃になってそんなことを感じています。
 今年お会いした人の中には、学生時代は全く一緒ではなかった人もいましたが、まず何よりも、同じ場所で同じように過ごしてきた人たちが、その後もがんばっていて成功した姿を見るのは刺激になります。大学の時の私の考えは、九歯大は全国から学生が集まってきていたこともあって、卒業したらバラバラになってもう会えないのが当然だと思っていました。小学校や高校の仲間たちとも、成長するとみんなそれぞれの道を歩んでいくのだと勝手に思っていました。まさか卒後何十年か経って同じ空気を共有するとは全く思っても見ませんでした。
 忘れてることもたくさんありますが、当時のことを話したり、写真を見たりしていると、どんどん記憶がつながっていきます。思い出す学生時代の日々。いろんな人がそこにはいました。そこから旅立ってみなさん僕とは別のパラレルワールドを生きてきたことでしょう。もしかしたらその人と私が共有できるのはその人の人生の中の何万分の1とかもっとになるのでしょう。途中の抜けてるところはいっぱいあるとは言え、一部分のみ取り出してみたら、過去と現在がつながるわけで、当時同じ時代を生きてきた人たちとの再会は私にとっては貴重な体験です。また同じように考えると今は見えないと思っている未来は、生きている限り必ず見ることができるということになります。近くにいて自分を支えてくれている人々、遠く離れて数年に一度しか会えない人々、さまざまですが、数十年後にもまた会いましょう!

2016年4月12日(火)18:08コメント (0) |