12年目の4月1日

本日、藤田歯科医院は新築より12年目を迎えます。毎年出しているの今年の分(5月発行予定)冒頭の挨拶文をもちまして、ご挨拶とさせていただきます。
これまでの分は
1. 新築1周年を振り返る 2000.4月
2. 歯科医院におけるIT革命 2001.4月
3. 歯科医院におけるIT革命その後 2002.4月
4. 変革の時代のキーワードで見る藤田歯科医院の現在未来 2003.4月
5. 患者中心の歯科医療を目指して 2004.4月
6. カイゼンとチェック 2005.4月
7. 自己責任と信頼関係 2006.4月
8. 映画「県庁の星」と患者医者関係 2007.4月
9. 地域社会との融合を目指して 2008.4月
10. いま、ここ、そして未来へ 2009.4月

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ごあいさつ~高齢化社会の中の「老い」と「死」

 2009年度は、訪問診療に特に力を入れ始めた年でした。その中で病院や診療所、高齢者施設そしてそのスタッフの方々との連携の必要性を強く感じ、介護関係のセミナーや書籍で研究しました。
 歯科保険でも2006年より訪問診療の項目が多く取り上げられるようになりました。これは病院で死ぬということから自宅で死ぬことへ政府の方針が変わりつつあることに派生します。つまりはそのような政策を取らねば終末期医療を支えきれないということでしょうか。ほんの何代か前の世代では「畳の上で死にたい」の言葉にあるよう、自宅で死ぬことは特別なことではありませんでした。現代ではそのほとんどが病院死となっており、時代とともに「死に方」も変化しているようです。時代を巻き戻すのはなかなか難しいですが、死に関しては一昔前を見直さねばならないようです。

 そもそもこの変化の背景には西洋化、近代化、医学の進歩が進むにつれ延命の方策が発達してきたことがあります。この延命についても現在いろいろなニュースがあったり、議論があります。決して命を軽んじているわけではないのですが、延命治療が発達し、長寿国になったことで、今まで人類が体験したことがない超高齢化社会に直面し、新たな問題を生んでいるのは皮肉なことですね。昨今の風潮はまるで死も避けられることであるかのような印象を受けます。しかし近代医療も老いと障害には無力だと思います。NHKの介護番組で人気の三好春樹氏の講演を受けたのですが、その中でも死に対して近代医療で抵抗しようとすることの功罪が述べられていました。弱ってくると人間は生理的脱水になり、体の水分が少なくなります。すると痛みや苦しみを感じなくなって少しずつ息を引き取っていました。ところが病院では脱水にしないため点滴を絶やさない。痛みを感じたまま死ななきゃいけなくなるってことのようです。死に対して近代医療で抵抗するのは結局無駄で本人が苦しむだけ。死に対して普通に向き合うということができなくなっている、と。

 では、死に普通に向き合うとはどういうことでしょう。昨年お亡くなりになった河合隼雄氏の本の中に、カナダ北部のヘヤーインディアンがどのように死を受け止めるかという話があります。すなわち、死期が近付いてくると、それに従い、親族を集めて思い出話をし、最期は絶食して死を待つのだそうです。良い顔で死ねるよう願いながら。。。日本人は実はかつてはこういった感じで「死」の方から人生を見る傾向にありました。姥捨山伝説や、「畳の上で死にたい」という願いなどがこれに当てはまります。昔の人たちは死についてよく研究していたようで、地獄や極楽に関する膨大な記録も残っています。人生を「生」の方から見る見方と、「死」の方から見る見方があると言います。インディアンは人生を「死」の方から見ています。

 ところが、最近では、人生が有限であるかのような考え方になってきました。その最たるものが、昨今流行っている「アンチエイジング」です。不可避であると思われていた「老い」や「死」は、少なくとも先延ばしにできるかのように変わってきました。もちろんいくつになっても若さを保って美しくということは悪いことではありませんが、あまり度が過ぎると、人は必ず死ぬということには目をつぶるか、気づかないふりをするようになってしまいますし、拘りすぎると年を重ねるごとにどんどんどんどん苦しくなっていきます。

 とは言え、「死」について考えることは大変苦しいものであります。キューブラーロス著の「死ぬ瞬間」では、死はこれまで人間にとって常に忌むべきことであり、今後もそうあり続けるであろうと述べられています。程度の差はあれど、死はいまだに万国共通の恐怖です。その恐怖を受け入れていくまでの間に「否認と孤立」「怒り」「抑鬱」「受容」というステージがあるそうです。私たちにできることがあるとすれば、ステージごとにその人の気持ちを受け止めること、共感することくらいしかありません。非常に難しいことではありますが、自分の死も含めた上で、いろんなことを理解できるよう頑張っていきたいと思います。(2010.4記)