携帯はあまり使わない藤田です。
携帯のiモード、フルプラウザ対応の機種では、いろんなページが見れるようになっていますね。当初の頃から携帯用のページは用意していましたが、8行で改行されてもいいような最小限の作りでした。
http://www.fujitasika.jp/i/imode2.html
フルプラウザ対応では現在のHPをそのまま携帯用にしています。
http://www.fujitasika.jp/i/imode.html
このブログも見れますので、携帯からもよろしくお願いします。
藤田歯科医院のHP(フルプラウザ対応機種用)

藤田歯科医院のHP(フルプラウザ未対応機種用)

藤田歯科医院のブログ

治療用ユニット(椅子)は個室が良いのか?患者さんそれぞれによって好みはあるかと思いますが、当院では当初、移動式の仕切り板を利用していました。ほぼ問題は無かったのですが、これを置くと診療室が狭く見えて、実際外せば開放感がありました。
そこで天井からロールアップカーテンを取り付けています。写真はカウンセリングコーナーの入り口に付けたものです。

このカーテン、天井に補強板のある部分にしかくっつかないそうで、設置場所や角度は、なかなか思ったようにいきませんでしたが、なんとか現在は院内の3箇所に設置しています。設置できない箇所は従来どおり仕切り板があります。
あまり囲いを作って息苦しくならない程度に、プライバシーを尊重した診療室を目指していますので、ご意見、ご感想などございましたら、コメント欄にでもお書きください。
すべて当院待合室でご覧になれます。
文庫
1 歯医者で虫歯が治らない理由 志村 則夫
2 本当によい「入れ歯」のつくり方 西村 雅興
3 噛めば噛むほど13の奇蹟 斎藤 滋
4 子どもの顎関節症を防ぐ・治す 荻原 和彦
5 20歳からの歯周病対策 熊谷 崇
6 患者が書いた歯医者の本 宮坂 朝子
7 新・歯がわかる本 鴨井 久一
8 「歯科」本音の治療がわかる本 熊谷 崇
9 誰も気づかなかった噛む効用 窪田 金次郎
10 親の責任・子供の虫歯 市来英雄
11 子育て歯科・キレる理由は虫歯にあった 倉治 ななえ
12 健康は「呼吸」で決まる 西原 克成
13 歯科医療とはなにか 飯塚 哲夫
14 むし歯とキッパリ別れる本山下 文夫
15 中年病を跳ね返せ 宝島社
16 歯を抜かない工夫 織家 勝
17 医者の言葉がよくわかる 米山 公啓
18 歯医者に虫歯は治せるか 志村 則夫
19 どの歯医者がいいか? 日本消費者連盟
20 「表情筋」ダイエット 犬童 文子
21 もとちゃんの痛い話 新井 素子
22 驚異の波動医療 福岡 博史
23 歯科医療の最前線 下野 正基
24 仮定の医学 清水ちなみ
25 噛み合わせの驚異 正井良夫
26 医者に上手にかかる法 高柳 和江
27 歯医者さん 雑学ノート 武田 浩・実方 藤男
28 「歯無し」にならない日本人 山賀 禮一
29 いい歯医者悪い歯医者 林 晋哉・林 裕之
30 わたしは悪い歯医者 山本 圭一
31 砂糖の世界史 川北 稔
32 入れ歯の文化史 笠原 浩
33 心からのお見舞い パッチ・アダムス
雑誌
1 ダ・カーポ 20年遅れている歯科医療
2 QUARK ・歯医者さんの内緒話
3 虫歯ゼロ 完璧ガイドBOOK ひよこクラブ
4 虫歯ストップ・強い歯を育てる本 たまひよこっこクラブ
5 ピカピカ 強い歯大百科 たまひよこっこクラブ
6 いつまでもきれい歯の健康 レタスクラブ
7 むし歯のはなし「予防編」 毛利 子来
8 栄養と料理 特集「口の中を守ろう
9 NHK 今日の健康
10 NHK 今日の健康 2000.6
11 ゆほびか7月号
12 乳歯を守る本 こっこクラブ
ビデオ
1 たけしの万物創世紀「歯」
2 特命リサーチ200X「虫歯」「唾液」
3 あるある大辞典「顔」
4 ためしてガッテン「歯周病」
5 NHK きょうの健康「歯」
6 クローズアップ現代
7 ストップ ザ 口臭!
8 ハローキティー はみがきしようよ
最近、新聞や雑誌で「患者中心の医療」という言葉をよく見かけるようになりました。英語では、「Patient-centred Health Care(PCHC)」とも言い、医療消費者である患者の主体的な意思が中心におかれる医療のことを言います。
これは、「単に病気を治療するだけではなく、患者の幸福と満足を追求することが医療の本質である」ととらえ、「患者の立場に立って医療を実践すること。また、それを支援・促進する体制のこと。」と言われています。
良い例えかどうかわかりませんが、子供がいらっしゃる方は、両親を医療者に、子供を患者さんに例えてもらえばわかりやすいかもしれません。
子ども(患者)は大人(医療者)の言うことを素直に聞いていればいいのだという思想に基づいた従来の「医師中心の医療」で子育てをすれば、小さいうちは良いかもしれませんが、いつまでもそのままだと、子供の自立心が育ちません。
そこで、子供(患者)も学問や情報(医療情報)を身に付け、自分で取捨選択(治療方法時には医師・医療機関)をし、積極的に自分の人生(治療)に関与していく。それを、親(医療者)や周りの大人たち(政府、地方自治体、各種団体)が協力して、全面的に支援していく。というのが、患者中心の発想です。
なぜ、今まで患者中心ではなかったのか
以前からこういった考えで医療を施してきた医療者もたくさんいらっしゃるとは思いますが、言葉として確立してきたのは、ここ最近の話です。
よって、医療関係者の中にはなかなか馴染まない方もいらっしゃると思います。患者さんから見れば、「簡単そうに見えるのになぜ?医療者は怠慢だ!」と思われるかもしれませんので、引き続き親子の例えを続けます。
ある家では、両親と子供が、「将来子供が自立して、父親が70歳になったら一緒に暮らそう」というビジョンを持っていたとします。大学までは順調に進学しましたが、いざ就職というところになって、「僕は働きたくない、もうしばらく自由にさせてくれ」と言い出しました。ここで、医者(大人)中心で考えれば、なんとか尻を叩いて、とにかく就職しなさい、ということになるでしょう。患者(子ども)中心に考えれば、仕方が無い、何かあったらフォローしようということになるでしょう。
その結果リフレッシュした子供が大成功を収め、両親共々幸せに暮らしました、めでたしめでたし、という結果になれば、子供の幸せと満足を満たし、さらに両親も幸せです。ところが、うまくいけば良いですが、一度許したばっかりにそのまま何十年も働こうとしない、という子どもさんも中には、いるでしょう。
これが医療者が思っている患者中心が馴染まない理由の一つです。歯医者で銀歯を作ったが、医者の思うように患者さんはお手入れをしてくれず、半年後に抜歯になってしまった、こんなことなら、患者中心なんてやるんじゃなかった、となるわけです。病気が良くなるかどうか、医療者も不安な重篤な症状のときはできればすべて管理し、医者中心に医療を行わなければならないこともありますよね。感染症や急性症状の多い時代は、患者中心の医療だと疾病対策が追いつかなかったに違いありません。
患者中心の医療のために
こういうことが起こらないように、また起こったとしても修正可能なように、あらゆる研究がなされています。最近の言葉から拾ってみますと、
・ 患者の自己決定権
・ インフォームドコンセントの徹底
・ セカンドオピニオンの体制づくり
・ 診療情報(カルテ情報)の患者本人への開示
・ 各種医療情報(疾患、治療法、医薬品、副作用等)の提供
・ 患者と医師間のコミュニケーションの向上
・ エビデンス(科学的根拠)に基づいた医療
・ 患者アドボケート体制
等がこれに当たります。
中には、難解な言葉も含まれているかと思いますが、つまりは、患者中心の医療を実現するために、充分な情報提供を行い、患者さんが自ら良い医療を選択できるようにして、もしも道を間違ったり、道が逸れてきたりしたら、医療者はしっかりフォローしていきましょう、ということです。
また自己決定権がある以上、患者さんも頑張らねばならないということも含まれるでしょう。わがまま言いたい放題で良くなったという事ではなく、良い医療をつくるには、お互いの協力が必要です、ということですね。
先ほどのたとえでは、親と子が共通の目標を持っていて、コミュニケーションがしっかりしていれば、計画は実現しやすいし、もし当初の計画どおりにいかなかったとしても修正が可能だと思います。
同様に、医療者と患者さんが共通の目標を持っていれば、そんなにはずれることはないでしょう。そしてその共通の目標に当たるのが、今までは「医者が満足できる治療やその結果」であったのが「患者の幸福と満足」になったわけです。
微妙な違いですが、わかりますでしょうか?
人間の幸福というのも人それぞれ違います。私がその人の幸福はこうだと思って治療しても、その方が「そんなの幸せとは思わない」と言われてしまえば、満足はありえません。幸福と言葉で書くと簡単ですが、医療の現場では難しい目標なのかもしれません。
そんなことを考えながら、上の言葉をずっと眺めてみると、医療者の方がやることが多いように感じます。これまで保険制度も含めて、医者中心でシステムを作ってきて、それで社会は回ってきたわけだから、その180度の展開は大変なのでしょうね。
これからはこの「患者中心の歯科医療」を当院でも実践していこうと努力していきたいと思います。まだまだ力の及ばない点も多々ございますが、今後ともよろしくお願いします。
藤田歯科医院の誕生は,遠く昭和二年にさかのぼります。先々代、藤田安二郎の長男として生を受けた先代広次が、歯科の道をすすむようになったのは、安二郎の仕事が多いに関係がありました。当地で盛大にお菓子の製造に励んでいた安二郎は、職業上虫歯がふえることを危惧し、息子の広次に歯科医になるよう強力にアプローチ、嘘っぽいけど本当の話。文学青年だった広次はかなりの抵抗があったようですが敢えて妥協、専門学校へ進む事とあい為りました。
歯科専門学校を主席で卒業し栄誉の銀時計組となった広次は、当時の慣習を破り学校に残らず敢えて開業の道へ進みました。実は安二郎の思惑が多いに左右したようであります。それでも小倉で開業したのは、学校にすぐ行けるという思惑からで安二郎に対する小さい抵抗があったようです。小倉記念病院で一年間研鑚に励んだ後、小倉市香春口二丁目にて開業しました。
さて、小倉時代の広次は一見優雅な生活を、送っていたようでしたが、それは場所的に当時の小倉兵器場の近くだったこともあって、患者さんの来院が夕刻から夜にかけて押し寄せていたからのようでした。その反面昼からは暇で、近くの喫茶店へコーヒーを飲みにいったり、小倉競馬場へ遊びに行ったりで、知らない人はさぞ良い生き方をと思ったでしょう。でも夕方からのラッシュにそなえてのリフレッシュだったようです。

そうした華やかだった小倉時代も戦争と共に、苦難の時となりました。患者さんは先述のように兵器を作る場所の近くで、忙しさを増し暇は無くなり、おまけに第一回の北九州の爆撃を受け、被害こそ無かったが、今度は強制疎開、有無を言わせない立ち退き命令に、さすがの父もメイファース、あちこちと捜し回ったが良い場所が無く、いっそ直方に帰ろうかと言うことになったがさて、医者は小倉からは出ては行けないという軍命令、進退ここにきはまれり、と云うときに、なんとか好くしたもので救いの神、直方に帰れるようになった次第です。

広次が、こうまでして小倉を出たかったのは、北九州の第一回目の米軍の空襲に合った、空襲を体験した者でないと、その恐怖はわからないと思います。自分は残っても、家族は心配のない直方へと陳情し、無事全員帰れることになりました。
直方に帰ってからというものの環境最悪、物資は無く、開業しようにも、設備が出来ない。かろうじて小倉より持ち帰った機材でどうにかまね事みたいな開業だったようです。それも安二郎時代の職人さんたちが、集まってくれて大工さんのまね事をやってくれての、かろうじての開業だったということです。
その後広次は、終戦、そして敗戦後の混乱期を乗り越えやれやれという時に、体調を崩したのですが、幸い和義が歯科大学を卒業して跡を続けるようになった。後年は入退院を繰り返しながらも小康を保っていたが、昭和五十六年三月十二日、逝去。当年七十五歳でした。
ワイシャツにネクタイ、そして白衣、このスタイルは終身くずすことなく、たとえ患者さんを診療しなくても治療室に出る時は、必ずこのスタイルで決めていました。
1928年に、先代藤田広次が開業して以来、70年間にわたって歯科医療の発展に努めてきました。
今年1999年4月には道を挟んで現在地に新築し、これからも地域の皆様の大事な歯を守るべく努力していきたいと思います。
藤田歯科医院
822-0015福岡県直方市新町2丁目6-36
TEL 0949-22-1123
FAX 0949-22-3487
